東京高等裁判所 昭和35年(く)130号 決定 1961年1月10日
少年 B(昭一六・二・一六生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の理由は抗告人ら提出の各抗告申立書記載のとおりである。しかしながら、所論にかんがみ本件記録(本件少年保護事件記録及び少年調査記録)を精査検討すれば、原決定の示すとおり、本少年が昭和三十五年九月四日頃港区赤坂○○町○丁目○○番地喫茶店M○坂○夫方にボーイとして雇われたところ、同日午後八時頃売上げ伝票二百五十円の欠損を指摘され、嫌気がさし、同店のボーイをやめるに際し○坂○夫所有の白ボーイコート一枚を窃取した事実は優にこれを認めることができ、原決定に所論のごとき事実誤認の疑はなく、しかも記録に現われた少年の生立、性行、経歴、家庭環境、保護者の保護能力、殊に少年の虚言癖強く、心情質変調極めて高度な資質の矯正の必要なことなど一切の事情を考慮するならば、この際少年を相当な施設に収容し、適正な矯正教育を施す要があるものと認められるのでこれと同趣旨に出た原決定の措置はまことに相当といわなければならない。なお、記録を検討しても、原審における審判手続については何ら不当の点は存しない。ひつきよう、本件抗告の申立はいずれもその理由がないから、少年法第三十三条第一項に則り本件抗告を棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。
(裁判長判事 坂井改造 判事 山本長次 判事 荒川省三)
別紙
抗告申立書
少年 B
右ノ者ニ対スル窃盗未遂事件ニツイテ昭和三十五年十月十四日中等少年院送致ノ旨決定ヲウケマシタガ左ノ理由ニヨツテ不服ニツキ抗告ヲ申立テマス
昭和三十五年十月十七日
抗告申立人(少年)B
東京高等裁判所御中
抗告理由
一 窃盗ミスイニツイテクワシクオシラセシマス。私ハ東京ミナト区○○町レストラン(M)ニキンムシテイマシタ。私ニハコンナシゴトハハジメテナノデ(アルオキヤクノダイキン二四〇エン)オモライソコナイマシタ。ソノタメニマネジヤートケンカニナリ、コツクヤボーイニスコシナグラレマシタノデ、ソコノミセヲ、ヤメルタメニマネジヤートハナシマシタ。ガ、ラチガアカナイノデケイサツオヨンデクレトタノミマシタガ、ナカナカヨンデ下サイマセンデシタ、私ガボーイヤコツクカラナグラレタコトオシヤベルノデハナイカトオモイ、ケイサツニハ私ガボーイコードオヌスムトコロデシタトイハレマシタモチロン私ハソノコードハキテイナイシ、トンデモナイイヤナイイガカリデストケイサツニモサイバンニモ否定シマシタガ少年院ニモ不動園ニモセツトザイトシテオクラレテイルコトニハジジツトハゼンゼチガイマス私ハボーイコードハ手モフレテイナイシ、ヌスンデモオリマモンコトオジジツオモツテモーシアゲマス
窃盗事件ハ私ノ否定スル理由ニツイテ調査セズ窃盗罪トシテ処分シタ事。私ハアクマデ調査オネガイマス
二 私ハ昭和三十五年九月六日ネリマカンベツ所ニイレラレマシタ。ソコデ私ニタイスルシラベガアリヤブナ氏ニシラベラレマシタ。ヤク三カイノシラベガアリ、私ハ東京カサイノ長谷川ハンジノ判決ガアリマシテホゴシヨブンニナリ シカシ私ニハナンニモシテイナイノデ、コンナコトニハヤリキレナク、マタ私ガネリカンニイレラレテカラ二十七日間モ父ノモトニレンラクシテイナイバカリカ、サイバンカスンデカラ私ガ少年院ニキタアト父ノモトニサイバンスルカラ東京ニクルヨーニ父ノトコロニヨビダシオシテイルガ、ジツサイニハサイバンガスンデイタノデス。コンナタメニ父ハ神戸ヨリキタノニトンデモナイ手チガイニナツテイマス。マタサイバンデ判事ガ「アナタハマエカライエオ出テイル」トイワレタコトハジジツトハチガイ、マタ私ガ東京ニクルマデハ父ノソバニイタシ会社ニモキンムシテイマシタ。マタネリカンデモ私ハ父トノレンラクモユルサレルコトモナクマツタク一ハンザイツヤノヨーナアツカイオウケマシタ私ニハサイバンノ前ンゴデモアリ、罪ガカクテイシテイナイノデ私ニ対シテ、信仰、言論ノ自由、又正シイサイバンオウケル権利オモシテイルトオモイマス。今マデ私ガウケタサイバンハコレニ反スルトオモイマスノデヨクオシラベネガウモノデアリマス
三 私ニタイスル東京カサイノ調査ニハヤハリギモンガモテマス。ソレハカサイガシラベタ私ノコトニモギモンガアリマヅ。神戸ノホゴカンサツ所ノレンラクニモ、ハツキリシナイトコロガアリ、私ノ実情オ調査シテナイトオモハレル。ソレハ私ノホゴ司カ(私ノスンデルトコロハシライトイハレタコト)私ハホゴ司ニハ、ネンガジヨーモダシテルシ、ホゴ司ヨリハゲマシノテガミモクレマシタ。ソレドコロデハナク私ノキンムシテイル会社マデモシテイマスノニ、ソンナウソノコトオ東京ノサイバン所ニホーコクシテイルノデ、ソノホーコクダケテ審判オ行ナツタコトハフマンニオモイマス。ナニトゾヨロシクジジツオヲシラベテ下サイ
四 サイイバンニダサレタ。ケイサツノチヨーシヨニツイテモハナハダヒドイトリシラベオウケマシタソレハ私ガ神戸ノBデアルトナノリマスノニケイサツデハ私ノコトオフクオカケンノスサキニスンデイタ(スリ)ノHデアルトイハレマシタ私ハHデナクBデアルトイツタガミトメラレルトコロカヤヤタカイコエオタシテ私ノ前デガミガミイハレルノデシカタナク本名ハBテスガギ名ハHテストイイマシタシカシ私ノ手ノ(シモン)オシラベテBトハカリケイサツデハアハテテ私ニタイシ本人ハHトナノリマスガ(シモン)オシラベテBガ本名デアルトオモイマストサイバン所ノシヨルイニカイテイマス
抗告申立書
少年B(岐阜少年院在院中)
右少年は昭和三十五年十月四日窃盗保護事件の為、東京家庭裁判所に於て中等少年院送致決定を受け、現在、岐阜少年院に収容されて居りますが左記理由により不服につき抗告申し立てます。
昭和三十五年十月十四日
抗告申立人(実父)T(神戸市居住)
東京高等裁判所御中
記
一、審判日手続の手違いについて
「保護者照会」(十月三日発)が東京家裁より実父宛に十月四日着、それには十月八日迄に必着回答願いたい、又上京の際は連絡して下さいとあつたので、十月六日(午後四時二九分丸之内郵便局着)電報にて東京家裁、K調査官気付B宛「シンパイスナ、チチユク」と報せた、K調査官気付としたので万事配慮願えるものと思つて居た。そして十月七日午前九時十七分神戸発午後七時三十五分東京着(日比谷警察署一泊)十月八日東京家裁に出頭したところ、既に少年は九月三十日審判を受け、神奈川県藤沢市F寮に入り、そこで自殺未遂したとの事で再び東京鑑別所入所、十月四日中等少年院送致決定を受けていた。父が上京する手続をしてあるにもかかわらず既に審判は決定されてしまつていた点。
二、S保護司の東京家裁への報告が事実に反している。
昭和三十二年六月二十九日より保護観察となりS保護司の指導を受けましたが、いつも父子同伴で毎月二、三回は保護司宅を訪れています、そして色々指導を受け報告もして居りました、報告に、(1)本人及保護者の住居先不明(2)当少年を保護観察してから会つたことがないと云われて居るが
(1) 本人、不肖も共に住居をかえす、警察で調べて貰いたい
(2) 今度の審判時、訪問した時の「保護者カード」を持参します、
又、保護司から手紙もいただいて居りますので今度の審判時持参致します。
三、今後の保護の充分なる事
姉の子A子(二十六才)の夫が神戸市のM生命に勤務して居ります。A子は、神戸市長田区○町のC化学KKに勤務して居りますので、ここに同居した前記C化学に勤めさせます。